『師は又、画に就いても一種の見方を持っておられた。「俗な画が好きな奴は俗なやつだ。この画の俗さは見ていて胸がわるくなる」「この浅薄な甘さ、はきたくなる」「この何もないくせに、ありそうに見せようとするもがき方」しかしいいものを見ると随分感心された。「さすがに一生を画に捧げた男のかいたものだ。俗なところが少しもない。まじりっけがない。こっちの心にじかにふれる。こうならなければ本当ではない。不思議に人の心を清め、生々させる。そして万物にたいする愛を深める。美と云うものは不思議なものだ。美を意識でつくり出そうと思うものは馬鹿だ。美を感じるのはその人の心の深さに比例する。多くの人は美をかこうと思って綺麗ごとをする。しかし其処に心ない、人間の浅薄さが露骨に見える。本当の美のわかるものは、無限の深さに触れる。~」』【『幸福者』武者小路実篤 P57より】
この文章を読んで、本当の美を心から体感できるようになるには、日々の積み重ねが大切なのだと思った。
音楽、文学、絵画、書道、茶道など、商売、職業、金銭、人間のまやかしに惑わされることなく本当のものを選んでいきたい。
2008年12月16日火曜日
2008年12月8日月曜日
レッドクリフ (赤壁)
上海から広島に帰り、日曜日父親とレッドクリフを見にいくことにした。父は三国志大好きでさらにここ数年中国語学習続けており中国にも興味を持っている。自分が三国志に最初に興味を持ったのも、大学生のころ父にもらった文庫本の三国志からだった。
日本では『レッドクリフ』というタイトルだが、本場中国では『赤壁』というタイトルで2か月前に放映されており、中国語で映画を見ることは少ないが、総製作費100億円のジョンウー監督の大作ということで見に行った。言葉は一部分からない所はあったがダイナミックな映像とストーリーに魅了された。日本に帰ったら改めて翻訳ありで見てみたいと思っていた。
これまで父と映画に行ったことは無かったが父と自分は中国が共通点の一つで、お互いこれは絶対見たい!という一作なので初めて一緒に行くことになった。「(今ではガラガラだけど)昔はあの映画館は人でいっぱいだったけど、テレビやネット、他の娯楽ができてどんどん客足が少なくなったんじゃろうのぉ。」というような話をしつつ、家から徒歩15分の映画館に向かった。
話の内容は、西暦200年魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権、の三国が統一を目指し戦いを続けたの戦国時代、巨大勢力となり皇帝をも支配した曹操に対し、劉備、孫権両軍が力を合わせ赤壁で曹操に対向するという赤壁の戦いを題材にされている。
この映画で一番学べるところは、組織、個人が抱く大義名分、志の重要性だ。映画の中では曹操(悪役とされている)は孫権の武将周瑜の妻である絶世の美女小喬を手に入れたいという私的な野望を抱いているのに対し、劉備、孫権は民のために、民を守るために闘わなければならないという志を持っている。数では曹操軍が圧倒しているが、劉備、孫権軍は民を守るという大義名分の下集まった凄腕の武将が集まっており質で曹操軍を上回っている。決着はPART2へ持ち越しだが、大義名分、志の差が戦いの結果となっていくだろう。
PART2は中国では恐らく1月ごろ、日本では4月に公開の予定だ。公開と共に見に行きたい。
日本では『レッドクリフ』というタイトルだが、本場中国では『赤壁』というタイトルで2か月前に放映されており、中国語で映画を見ることは少ないが、総製作費100億円のジョンウー監督の大作ということで見に行った。言葉は一部分からない所はあったがダイナミックな映像とストーリーに魅了された。日本に帰ったら改めて翻訳ありで見てみたいと思っていた。
これまで父と映画に行ったことは無かったが父と自分は中国が共通点の一つで、お互いこれは絶対見たい!という一作なので初めて一緒に行くことになった。「(今ではガラガラだけど)昔はあの映画館は人でいっぱいだったけど、テレビやネット、他の娯楽ができてどんどん客足が少なくなったんじゃろうのぉ。」というような話をしつつ、家から徒歩15分の映画館に向かった。
話の内容は、西暦200年魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権、の三国が統一を目指し戦いを続けたの戦国時代、巨大勢力となり皇帝をも支配した曹操に対し、劉備、孫権両軍が力を合わせ赤壁で曹操に対向するという赤壁の戦いを題材にされている。
この映画で一番学べるところは、組織、個人が抱く大義名分、志の重要性だ。映画の中では曹操(悪役とされている)は孫権の武将周瑜の妻である絶世の美女小喬を手に入れたいという私的な野望を抱いているのに対し、劉備、孫権は民のために、民を守るために闘わなければならないという志を持っている。数では曹操軍が圧倒しているが、劉備、孫権軍は民を守るという大義名分の下集まった凄腕の武将が集まっており質で曹操軍を上回っている。決着はPART2へ持ち越しだが、大義名分、志の差が戦いの結果となっていくだろう。
PART2は中国では恐らく1月ごろ、日本では4月に公開の予定だ。公開と共に見に行きたい。
上海の国際食品展示会
中国最大の食品展示会FHCChina2008を見学してきた。アメリカ、カナダ、メキシコ、イギリス、フランス、スペイン、イタリア、キプロス、ドイツ、ベルギー、アイルランド、ニュージーランド、オーストラリア、スリランカ、エクアドル、インド、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、韓国、台湾、香港、中国、そして日本。世界中の国の食品メーカーが上海新国際展覧中心に会した。
大学生だった2005年愛知万博を見学した時、世界中の国のパビリオンを各国のハンコを集めながら周り、世界にはこんなに知らない国があるのか。と驚いたが、今回の食品展示会も多くの国を一気に体感でき、食の万博だな!と思った。
日本のコーナーには、農林水産省の呼びかけで集まった全国の食品メーカー(お酒、お菓子、海鮮、お茶、味噌、ソースなどなど)のブースが並んでいた。来場者はただの試食目的という人が多かったように見えたが、とにかく規模が大きい展示会場で世界中のメーカーが参加しているので、有力なバイアーがいる確率も高そうだ。
欧米諸国、アジア諸国のブースを回り、日本ブースに来てハマチのお刺身などいくつかの食材を試食させてもらいやたら落ち着きを感じたのは、やはり日本で産まれた自分には日本食が合うなと感じると同時に、中国でこれらの食材を食べる人は、自分のような“慣れ”から来る食欲ではなく安全性なのか、薄めの味わいなのか、値段なのか、何を求めこれらの食材を購入するのかが大変気になるところだ。これまで日本の食材を中国へという2国の関係に関心があったが、欧米、アジア諸国も日本同様に国を挙げて中国市場を目指しているようで、食ビジネスでも世界の市場となっていく中国を感じられる。
見学後、日本に一時帰国するため浦東空港へ向かった。この展示会場は浦東空港とリニアモーターカーで直接つながっている龍陽路という場所にありとても便利だった。15時15分に展示会場を出て、15時30分の浦東行きリニアモーターカー(40元)に乗ると15時37分には浦東空港に到着できた。自分以外にも世界各国から来たビジターも、この便利さには驚いたのではないだろうか。2010年の上海万博に向けて、世界からお客さんを呼び込む準備は着々と進んでいるようだ。
17時35分の広島行き飛行機に乗り、1時間50分後広島に到着した。リニアモーターカーに飛行機、交通の発達のおかげで広島が本当に近く感じられる。到着後広島空港から広島駅行きのバスに乗ると「今日は六本木一日歩き回ったんよぉ~。(東京に出張のとある女性)」と、横から聞こえてくる広島弁を聞き心がほっとした。
2008年12月4日
大学生だった2005年愛知万博を見学した時、世界中の国のパビリオンを各国のハンコを集めながら周り、世界にはこんなに知らない国があるのか。と驚いたが、今回の食品展示会も多くの国を一気に体感でき、食の万博だな!と思った。
日本のコーナーには、農林水産省の呼びかけで集まった全国の食品メーカー(お酒、お菓子、海鮮、お茶、味噌、ソースなどなど)のブースが並んでいた。来場者はただの試食目的という人が多かったように見えたが、とにかく規模が大きい展示会場で世界中のメーカーが参加しているので、有力なバイアーがいる確率も高そうだ。
欧米諸国、アジア諸国のブースを回り、日本ブースに来てハマチのお刺身などいくつかの食材を試食させてもらいやたら落ち着きを感じたのは、やはり日本で産まれた自分には日本食が合うなと感じると同時に、中国でこれらの食材を食べる人は、自分のような“慣れ”から来る食欲ではなく安全性なのか、薄めの味わいなのか、値段なのか、何を求めこれらの食材を購入するのかが大変気になるところだ。これまで日本の食材を中国へという2国の関係に関心があったが、欧米、アジア諸国も日本同様に国を挙げて中国市場を目指しているようで、食ビジネスでも世界の市場となっていく中国を感じられる。
見学後、日本に一時帰国するため浦東空港へ向かった。この展示会場は浦東空港とリニアモーターカーで直接つながっている龍陽路という場所にありとても便利だった。15時15分に展示会場を出て、15時30分の浦東行きリニアモーターカー(40元)に乗ると15時37分には浦東空港に到着できた。自分以外にも世界各国から来たビジターも、この便利さには驚いたのではないだろうか。2010年の上海万博に向けて、世界からお客さんを呼び込む準備は着々と進んでいるようだ。
17時35分の広島行き飛行機に乗り、1時間50分後広島に到着した。リニアモーターカーに飛行機、交通の発達のおかげで広島が本当に近く感じられる。到着後広島空港から広島駅行きのバスに乗ると「今日は六本木一日歩き回ったんよぉ~。(東京に出張のとある女性)」と、横から聞こえてくる広島弁を聞き心がほっとした。
2008年12月4日
2008年11月19日水曜日
二つのうれしい知らせ
母校の野球部がもしかしたら!?甲子園に初出場できるかもしれないというニュースを妹からメールで教えてもらった。
以下中国新聞より
21世紀枠宮原 県高野連が推薦
宮原は今秋の県大会で強豪を連破し、中国大会に初出場県高野連は、県内一狭いグラウンドや短い練習時間を乗り越えて好成績を収め、学業成績も優秀などを推薦理由としている。中国地方の推薦校は12月15日に中国地区の理事長会議で決定し、来年1月26日の選考委員会で甲子園出場の3校が決まる。
近年の宮原野球部の快挙については改めてじっくり書きたいが、これは本当に快挙だ!まだ出場が決まってないし、もしかしたら残念。ということもあるかもしれないが、この時期にこの出場の可能性を持てているということだけでも野球部史上前代未聞だ。果たしてどういう練習を積んだのか、部員一人一人がどういう心持ちで毎日練習をしているのか、彼らから学ぶことはとても多そうだ。高野連から「出場おめでとうございます!」という電話が宮原高校にかかってくることを祈りたい。
その朗報に続き、野球部で一緒に汗を流した球友からうれしい知らせが入った。
以下メールを勝手に転載
久しぶり!!最近どうですか?ちょっと報告ありましてメールしました。3月14日に結婚することが決まりました。場所は京都です。中国おるけんこれんのんかなとは思うんじゃけど、年明けくらいに実家に招待状送らせてもらいます!!
川口(のん君)とは高校三年間野球部で日々を共にした。野球部時代ののん君はノックではエラーが目立ち監督のカモになり徹底的に鍛えられることが多々、持久走では体力が続かずなかなか上がれないなどなど、楽しく練習を消化できずで一度は辞めそうになった。しかし持ち前の愚直でまじめな性格で、きつい練習に耐えどんどん上手くなっていった。彼の練習に挑む態度に自分も勇気づけられていた。高校卒業後は大学に進学し、一浪をした自分はのん君が通う大学へ進学することになり、大学も一緒といううれしい偶然で大学時代もたまに京都で会っていた。卒業後は、呉の音戸にある広島を代表するちりめん漁を営むの水産会社に跡取りとして入社し、毎朝4時前に起き、瀬戸内海でチリメン漁をしている。毎朝まじめに漁に出る姿は、毎朝まじめに朝練に遠い音戸からバスに乗り通っていたのん君の姿から想像できる。
のん君が結婚!何とも信じられない気持だけど、大学からつきあっていた彼女と結婚まで到達した成り行きについては呉に帰った時じっくり聞きたいと思う。3月14日京都になんとしても行きたいので、これから日程を調整していこうと思う。
「宮原高校おめでとう!」「のん君おめでとう!」この二つの「おめでとう!」が言える日がとても楽しみだ。
以下中国新聞より
21世紀枠宮原 県高野連が推薦
宮原は今秋の県大会で強豪を連破し、中国大会に初出場県高野連は、県内一狭いグラウンドや短い練習時間を乗り越えて好成績を収め、学業成績も優秀などを推薦理由としている。中国地方の推薦校は12月15日に中国地区の理事長会議で決定し、来年1月26日の選考委員会で甲子園出場の3校が決まる。
近年の宮原野球部の快挙については改めてじっくり書きたいが、これは本当に快挙だ!まだ出場が決まってないし、もしかしたら残念。ということもあるかもしれないが、この時期にこの出場の可能性を持てているということだけでも野球部史上前代未聞だ。果たしてどういう練習を積んだのか、部員一人一人がどういう心持ちで毎日練習をしているのか、彼らから学ぶことはとても多そうだ。高野連から「出場おめでとうございます!」という電話が宮原高校にかかってくることを祈りたい。
その朗報に続き、野球部で一緒に汗を流した球友からうれしい知らせが入った。
以下メールを勝手に転載
久しぶり!!最近どうですか?ちょっと報告ありましてメールしました。3月14日に結婚することが決まりました。場所は京都です。中国おるけんこれんのんかなとは思うんじゃけど、年明けくらいに実家に招待状送らせてもらいます!!
川口(のん君)とは高校三年間野球部で日々を共にした。野球部時代ののん君はノックではエラーが目立ち監督のカモになり徹底的に鍛えられることが多々、持久走では体力が続かずなかなか上がれないなどなど、楽しく練習を消化できずで一度は辞めそうになった。しかし持ち前の愚直でまじめな性格で、きつい練習に耐えどんどん上手くなっていった。彼の練習に挑む態度に自分も勇気づけられていた。高校卒業後は大学に進学し、一浪をした自分はのん君が通う大学へ進学することになり、大学も一緒といううれしい偶然で大学時代もたまに京都で会っていた。卒業後は、呉の音戸にある広島を代表するちりめん漁を営むの水産会社に跡取りとして入社し、毎朝4時前に起き、瀬戸内海でチリメン漁をしている。毎朝まじめに漁に出る姿は、毎朝まじめに朝練に遠い音戸からバスに乗り通っていたのん君の姿から想像できる。
のん君が結婚!何とも信じられない気持だけど、大学からつきあっていた彼女と結婚まで到達した成り行きについては呉に帰った時じっくり聞きたいと思う。3月14日京都になんとしても行きたいので、これから日程を調整していこうと思う。
「宮原高校おめでとう!」「のん君おめでとう!」この二つの「おめでとう!」が言える日がとても楽しみだ。
福井県小浜市の「オバマ候補を勝手に応援する会」について
福井県の小浜市で「オバマ候補を勝手に応援する会」を発案し、運営されている方にお会いする機会があった。「オバマ候補を勝手に応援する会」とはアメリカ大統領オバマ氏と小浜市の名前が一緒であることを巧みに使い小浜市を世界にPRしていこうという活動だ。
正直今年の6月この活動のことを小浜市のお知り合いの方から教えていただいた時は苦笑してしまい、そんな活動して意味があるのだろうか?と思ってしまった。しかし、今日実際にそのブームの火つけ人の方のお話、実際にこの活動を実施しての小浜市への効果を聞き、この活動はとても意義があるように思えた。
確かに一部ネットではそんな馬鹿けがことをという批判意見もあるが、オバマ氏が大統領であるこれから8年で小浜市は注目され続けていること。オバマ大統領と麻生首相との10分の電話会議の際小浜市にいつか訪問すると宣言したこと。オバマ氏が30分小浜市に来ることで20億の経済普及効果を発揮する可能性があること。オバマ氏関連グッツが小浜市のお土産として発売されていること。世界中の有名メディアが小浜市を取材し始めていること。スイングガールやウォーターボーイズのような映画化の可能性があること。などなど明るい話題で盛りだくさんだそうで、小浜市全体に良い影響を多く生みだしている。
地方活性化で代表的な先日訪問したただの葉っぱを2億円のビジネスに変えた徳島県の上勝町や、大分県で1970年代に実施された平松県知事の一村一品運動の本を読んだ時も感じたが、「何気ないアイデアを少しずつ大きくしていく」というひた向きな姿勢を今回の小浜市の活動からも感じらえる。MROBAMA(オバマ氏)⇔小浜市(おばまし)というただ発音が一緒という何気ないアイデアからスタートし、様々な知恵を絞ってアイデアを少しづつ大きく育て多くの人を巻き込み社会にインパクトを与えている。
今後の様々なビジョンを笑顔で明るく話されているアイデアの発案者の方の姿を目の前で見れ、ブームを作る渦潮の渦の中心を体感できた。そして、小浜市に見習い、何気ないことを何気ないことでとどめず頭を使ったひたむきは生き方をしていきたいと思った。今後の福井県小浜市の動きにも注目だ。お食事同席させていただきありがとうございました。
正直今年の6月この活動のことを小浜市のお知り合いの方から教えていただいた時は苦笑してしまい、そんな活動して意味があるのだろうか?と思ってしまった。しかし、今日実際にそのブームの火つけ人の方のお話、実際にこの活動を実施しての小浜市への効果を聞き、この活動はとても意義があるように思えた。
確かに一部ネットではそんな馬鹿けがことをという批判意見もあるが、オバマ氏が大統領であるこれから8年で小浜市は注目され続けていること。オバマ大統領と麻生首相との10分の電話会議の際小浜市にいつか訪問すると宣言したこと。オバマ氏が30分小浜市に来ることで20億の経済普及効果を発揮する可能性があること。オバマ氏関連グッツが小浜市のお土産として発売されていること。世界中の有名メディアが小浜市を取材し始めていること。スイングガールやウォーターボーイズのような映画化の可能性があること。などなど明るい話題で盛りだくさんだそうで、小浜市全体に良い影響を多く生みだしている。
地方活性化で代表的な先日訪問したただの葉っぱを2億円のビジネスに変えた徳島県の上勝町や、大分県で1970年代に実施された平松県知事の一村一品運動の本を読んだ時も感じたが、「何気ないアイデアを少しずつ大きくしていく」というひた向きな姿勢を今回の小浜市の活動からも感じらえる。MROBAMA(オバマ氏)⇔小浜市(おばまし)というただ発音が一緒という何気ないアイデアからスタートし、様々な知恵を絞ってアイデアを少しづつ大きく育て多くの人を巻き込み社会にインパクトを与えている。
今後の様々なビジョンを笑顔で明るく話されているアイデアの発案者の方の姿を目の前で見れ、ブームを作る渦潮の渦の中心を体感できた。そして、小浜市に見習い、何気ないことを何気ないことでとどめず頭を使ったひたむきは生き方をしていきたいと思った。今後の福井県小浜市の動きにも注目だ。お食事同席させていただきありがとうございました。
2008年11月17日月曜日
河南省の友人からのうれしい贈り物
今年の夏上海で河南省出身の莼(CHUN)という友人と知り合った。たまたま食べにいった上海の泰康路にあるタイ料理レストランがありそこでアルバイトをしていた時、とても丁寧に対応してくれ、いろいろ話をしたことが知り合ったきっかけだった。
お父さんがロシアで仕事をしていたそうで、本人も10歳までロシアに住んでいたため中国語は自分同様独特だが、ロシアの話や、信仰しているキリスト教の話、趣味でやっている作詞の話、河南省の少林寺の話などとてもおもしろく、上海にいる時は、一緒にセミナーに参加したり、杭州で遊んだり、仲良くしてもらっていた。
残念ながら大学に進学するため、夏のアルバイトを終え10月に河南省に帰ることになったが、連絡を取り合っていたら先日、「河南省の特産物がたくさんあるから送るよ!」と電話がかかってきた。少し申し訳なかったが、せっかくの気持ちなので贈ってもらうことにした。早速一箱の荷物が届き郵便局に荷物を取りにいった。
うれしい重みを感じつつ、家に帰ってダンボールを開けてみると中にはたくさんの河南省の特産物が入っていた。うれしい贈り物だ。これから少しづついただこうと思う。また、機会があれば河南省(特に少林寺)に行ってみたいと思う。
お父さんがロシアで仕事をしていたそうで、本人も10歳までロシアに住んでいたため中国語は自分同様独特だが、ロシアの話や、信仰しているキリスト教の話、趣味でやっている作詞の話、河南省の少林寺の話などとてもおもしろく、上海にいる時は、一緒にセミナーに参加したり、杭州で遊んだり、仲良くしてもらっていた。
残念ながら大学に進学するため、夏のアルバイトを終え10月に河南省に帰ることになったが、連絡を取り合っていたら先日、「河南省の特産物がたくさんあるから送るよ!」と電話がかかってきた。少し申し訳なかったが、せっかくの気持ちなので贈ってもらうことにした。早速一箱の荷物が届き郵便局に荷物を取りにいった。
うれしい重みを感じつつ、家に帰ってダンボールを開けてみると中にはたくさんの河南省の特産物が入っていた。うれしい贈り物だ。これから少しづついただこうと思う。また、機会があれば河南省(特に少林寺)に行ってみたいと思う。
2008年11月8日土曜日
前澤友作氏
PODCASTの好きな番組『藤沢久美の社長トーク』の前澤友作氏のインタビューがとてもおもしろかった。ZOZOWALKERなどファッション関係のウェブサイトを運営する会社で昨年マザーズに上場も果たした社員の平均年齢が25歳という会社を経営されている社長さんだそうだ。
おっとりとした落ち着きのある声で、名刺に社長と書かないとか、心の無いお金はただの紙切れだと思うとか、今後は千葉県の地元の活性化に役立つ仕事をしたいとか、世の中の不の部分が無くなる社会システムを作りたいとか、言葉一つ一つに心が落ち着けられた。その後書かれているブログも一気に全部読んでガツガツ生きようとしていた自分を冷まされる感覚で体から力が抜けていくようだった。
大学時代や仕事を始めて、「世界に平和を!」とか「日中友好を!」とか「お客様に積極的に感謝しよう!」とか「社員の満足とは何か考えよう!」とか「四川地震に500万元を寄付しました!」とか「企業の社会的責任CSRがこれからの時代大切だと思います!」という「良い言葉」は日常で度々耳にしてきた。そして大抵良い言葉だなと感じる自分と同時に心のどこかでそんなこと言ってただ自分に有利に働かせようって打算で綺麗事言ってるだけじゃないの、理想ばっか掲げて。と少し斜めに構えてしまう自分がいた。今日前澤氏のインタビューとブログを見ていると、なぜ斜めに構えてしまっていたか理由が分かった気がする。
それは自分の今ある理想と現実の乖離から感じる焦りとか、自分にメリットがあるように物事を運びたいという私利私欲とか、ビジネスで成功したいっていう野心とか、まだ若いし経験も少ないから自信が無く目立たないところに隠れていようという羞恥心のような気持ちにまみれてしまって、自分の本当の正直な好奇心やいいなと思うことを第一に生きられていない、綺麗な言葉を綺麗事でしか使えない自分だったからだと思う。このインタビューを聞いてハッとしてしまったのはきっとそういうことだ。
前澤氏のインタビューやブログには「世界を変えたい」、「100年後どうなってほしい」と「綺麗事」がたくさん出てくる。ただ、本気に正直にそれを想い言葉にしているようで綺麗事に聞こえなかった。これからはちょっと思考を修正していこうと思う。そうなりたいって正直に想う自分の気持ちを強く抱き続けたい。そしたらそこからその気持ちが育ち自分でも鳥肌が立つようなビジョンが描けてそれに向かって生きれているような気がする。焦りや私利私欲や野心や羞恥心にまみれそうになったら、右手の人差し指を目の前にし、目を閉じて心を静め、好きなジブリ映画『ラピュタ』のワンシーンある飛行石の光がラピュタのある方角を示すように、自分の正直な気持ちはどこに向かっているか確認したい。
おっとりとした落ち着きのある声で、名刺に社長と書かないとか、心の無いお金はただの紙切れだと思うとか、今後は千葉県の地元の活性化に役立つ仕事をしたいとか、世の中の不の部分が無くなる社会システムを作りたいとか、言葉一つ一つに心が落ち着けられた。その後書かれているブログも一気に全部読んでガツガツ生きようとしていた自分を冷まされる感覚で体から力が抜けていくようだった。
大学時代や仕事を始めて、「世界に平和を!」とか「日中友好を!」とか「お客様に積極的に感謝しよう!」とか「社員の満足とは何か考えよう!」とか「四川地震に500万元を寄付しました!」とか「企業の社会的責任CSRがこれからの時代大切だと思います!」という「良い言葉」は日常で度々耳にしてきた。そして大抵良い言葉だなと感じる自分と同時に心のどこかでそんなこと言ってただ自分に有利に働かせようって打算で綺麗事言ってるだけじゃないの、理想ばっか掲げて。と少し斜めに構えてしまう自分がいた。今日前澤氏のインタビューとブログを見ていると、なぜ斜めに構えてしまっていたか理由が分かった気がする。
それは自分の今ある理想と現実の乖離から感じる焦りとか、自分にメリットがあるように物事を運びたいという私利私欲とか、ビジネスで成功したいっていう野心とか、まだ若いし経験も少ないから自信が無く目立たないところに隠れていようという羞恥心のような気持ちにまみれてしまって、自分の本当の正直な好奇心やいいなと思うことを第一に生きられていない、綺麗な言葉を綺麗事でしか使えない自分だったからだと思う。このインタビューを聞いてハッとしてしまったのはきっとそういうことだ。
前澤氏のインタビューやブログには「世界を変えたい」、「100年後どうなってほしい」と「綺麗事」がたくさん出てくる。ただ、本気に正直にそれを想い言葉にしているようで綺麗事に聞こえなかった。これからはちょっと思考を修正していこうと思う。そうなりたいって正直に想う自分の気持ちを強く抱き続けたい。そしたらそこからその気持ちが育ち自分でも鳥肌が立つようなビジョンが描けてそれに向かって生きれているような気がする。焦りや私利私欲や野心や羞恥心にまみれそうになったら、右手の人差し指を目の前にし、目を閉じて心を静め、好きなジブリ映画『ラピュタ』のワンシーンある飛行石の光がラピュタのある方角を示すように、自分の正直な気持ちはどこに向かっているか確認したい。
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