2008年7月27日日曜日

あにゃんの成長

先週の金曜日から、上海に帰らなければならないためあにゃんを友人の築さんに預かってもらっており、今日杭州に帰ってきて再会した。

それまで日に日に大きくなる姿を見ながら、1週間後は大きくなってるだろうな、成長著しいこの時期に一週間も別々に暮らすのは残念だなと思って別れたが、その予想を上回る成長ぶりに驚いた。身体の骨格、筋肉、毛波、目つき、噛みつく力、脚力、わずか一週間で一周り大きく成長している。持ち前の、逃げ足の速さ、食欲も一段とパワーアップしている(女の子なのに。。)

誕生日が推定で6月初旬なので、今で約2か月人間で言うと×4で8か月の赤ちゃんになる。大きくなったとは言え、まだまだ赤ちゃんで色んなものに好奇心が旺盛でとてもかわいい。

たっぷり愛情を注ぎ、再びあにゃんとの杭州ライフを楽しみたいと思う。拾った時からだが、少し腹がでっぱっているのが気になるので近々病院で見てもらおうと思う。1週間預かってくれた築さんに感謝だ。

2008年7月25日金曜日

父との会話

父が出張のため来中した。働かせてもらっている会社の社長に「せっかくお父さんが来るなら上海に行ってきなさい」とご好意で休みをもらえ上海へ向かった。終日一緒に上海、杭州を駆けずり回った。

父とは幼いことから別に仲が悪いわけではなく、自分が小学校から高校まで野球チームに所属していたため、シーズン中はほぼ毎週の日曜日試合会場に応援しに来てくれた。そしてその移動の車の中で野球の話しやたまに仕事の話をしていた。ただ、お互いコミュニケーションがあまり上手くないせいか、中々自分としては赤裸々に思ったまま話すというより、どこか遠慮をしてしまっている自分を感じていた。母とは何でも話すが、父とはあまり長時間は話さないという感じだった。

中国で働くようになり、父との会話する機会は、電話とメールだけになりぐっと減ってしまっていた。そのため、今回の来中で、自分が何を考えながら今中国の杭州で生活をしているのかを話せればと思っていた。全日程が終わり、最終日の夜、父もこの機会に自分と話したいという気持ちがあったのか、夜景を望める場所で話をすることにした。結局泊まっているホテルの屋上にある外灘が望めるバーに行き、そこで父と乾杯をした。これまでどうだったのか?これからどうしていきたいのか?について自分の気持ちを話した。

これからやりたいことは、二つあって、一つは、自分で事業を立ち上げたいと思っていること。もう一つは、学生時代から興味を持っている父の仕事で力になれることがあれば手伝いたいということだ。と伝えた。前者はおそらく理解をしてもらえなかっただろうが、伝えることができてよかったと思う。

その後部屋に戻り、普通ならそのまますぐに寝るが、この機会を逃すと次じっくり話せる日はいつ来るか分からないということで、先ほど話していた内容を続けて話した。話しているうちに、父の仕事で抱えている悩みなども聞くことができた。父からそんな話を聴くのは初めてで、それを機に自分も思ったことをすべて話してみたくなり、幼いことから遠慮をしながら家族内でのコミュニケーションで感じていた赤裸々になれない気持ちも伝えた。父はそれを聞いてどう思ったか分からないが、自分は何かこれまで感じていた壁を破ったような清清しさを感じた。

帰国日、空港で握手をし、会社の人と父が帰国した。25歳で初めて腹を割って長時間父と話すことができた、そんな父の訪中だった。

2008年7月20日日曜日

厳しく言ってくれる人

上海に金曜日戻り出張で上海に来ているおじ(母の兄)と会い、食事をした。
おじは3か月に1回のペースで上海出張に来ており毎回食事をさせてもらっているので、3か月ぶりの再会となる。今年の8月から東京で就職する学生のころからの中国人の友人も、これから一人で東京生活なので東京によくいるおじと何かあった時連絡をしてほしい。食事の前に少しだけ通訳をしてほしい。ということで同行してもらった。

おじにはこれまで上海に来る度に、また僕がおじが一緒に住んでいる兵庫の祖母の家に行く度にいろいろ話させてもらっており仕事の仕方からファッションセンスまでいろいろ指導してもらっているが、とても辛口で、厳しいことを言うが、優しさも兼ね揃えている人だと思う。

ホテルで合流し、自分の近況を報告し、通訳の手伝いをし日本料理屋栄で食事をする間、辛口の嵐だった。
●自分が本当に何やりたいかも分かってないのに、何かやりたそうなフリをしているだけ。
●起業したいって言って何するの?でかいことばっかいって具体性がまったくない。
●心のどこかで親に甘えてる部分があるんじゃないのか。
●結局やりたいことばっか探して現実から逃げているように思う。

ガツンとくるコメントばかりで、心が重くなるのを感じた。

また、今日同行してもらった中国人の友人は、後輩ながら思ったことをストレートに言う性格でこれまで何度もここが悪いと指摘を受けている。ただ、大変努力屋だし、優秀で、この度全中国600人の中から2人選ばれ日本での就職を手にいれている女性で、彼女から刺激を受けることは本当に多い。

おじの指摘に加え、友人もこれを機に僕に言いきれなかった指摘をする雰囲気になって、
●人とのコミュニケーションが下手だと思う。相手に不快感を与えずコミュニケーションをできるようになった方がいい。
●目的を共有しておけば、過程は指摘する必要が無いと思うが、過程を否定することがある。
●服のセンス改めた方がいい笑

などなど、家族の中で一番辛口、友人の中で一番辛口の2人との会食になり、心も身体もボロボロになりそうだった。

しかし、辛さの反面、うれしさを感じた。こんなに言ってくれる人なんてそうはいないな。
そして、そこから這い上がろうとしなければならない自分を準備していく自分を感じ、
その心境が心地よかった。この心地よさが自分の成長につながるのかな。と思い、
厳しく言ってくれる人は本当に大切にしないといけないなと思う一日だった。

おじさん、友人のD、に感謝。次会う時は同じことを言われないようにしたい。

2008年7月12日土曜日

情熱大陸@tudou.com

『情熱大陸』は刺激をもらえておもしろい!主題歌の葉加瀬太郎のエトピリカは毎朝聴いてやる気もらってる。と上海留学時代に知り合い、現在はニューヨークに留学している友達が話してくれ、彼の学びに対する姿勢にはいつも驚かされているので早速自分もtudou.comという中国の人気動画サイト(日本では著作権の関係で見れないが。。)で情熱大陸を調べてみるといくつかヒットした。tudou.comの閲覧者は中国の若者が多いのでアップされている登場人物は、ジャニーズ系だったり、アイドル系が多い。(職人系は見つからなかった)

ヤマピー、ニノ、福山、BOA、上野樹里、土屋あんな(敬称略)、日本にいたらあまり興味を持たないジャンルだけど、登場人物はともかく『情熱大陸』を見たい!という気持ちで見てみた。

ヤマピー、ニノを見終わって、ジャニーズすごい!アイドルすごい!と見直した感覚になった。何かに向かって走っている姿が眩しく、置いていかれたくないという気持ちにしてくれた。そして、他の登場人物もどんどん見ていった。福山雅治以外、自分とあまり歳は変わらないのに、この映像を通して中国の若者に刺激なり感動なり与えている。

以下印象に残った場面やコメントを箇条書きにしておく。

山下智久
●小学校から5年間日記を書いている。
●母子家庭で育って母ちゃんを楽にさせたいと思った。
●芸能人にあこがれそれを叶えたかった。
●自分がやっていることに誇りを持ってる。どんなな仕事でも全力で取り組める。
●何かを得ようと思ったら、何かを捨てないといけない。

二宮和也

●1983年生まれ25歳
●硫黄島からの手紙で映画デビュー。ベルリンでドイツ女性のファンが増える。映画で俳優としてどういう経験をしたのか?という質問に対しては、「ただ本当にたんたんと伝えることを考えてきました。」と答える。
●世の中の若い男にジャニーズってだせーよなと言われるとすごく面白く感じる。反発される方がいやすい。
●ゲームやってる方がいろんなことが入ってくる。やってないと自分の考えが入ってきちゃう。
●やりたいポジションはキャッチャー。
●アイドルって空気読める人が多いと思う。何を求められるか分かる。自分主導で生きたことはない。
●本気ですから。

BOA
●当時19歳
●13歳で韓国で大ヒット。日本5年14才で日本へ。日本で、韓国で、アジアで大活躍。
●並はずれた歌唱力。言葉の壁を超えた表現力
●これまで人の何倍も濃い時間を過ごしてきた。
●外国人の女の子が外国語で自分を出さないといけない。
●泣いても何も変わらない。目が腫れるだけ。そういう時こそ笑えば、何か変われる。
●踊り過ぎて披露骨折の一歩手前。
●日本語の歌詞を書くのが楽しくなってきた。
●日本に初めてくるときに買った電子辞書を5年使っている。
●日本は身体が落ち着く韓国は心が落ち着く


福山雅治
●売れるってどういうこと?売れてない時って売れてない人が集まってくる。売れてない人同士がお金持ってないのに、お金じゃないって話はじめる。売れてないのに、売れるためじゃないって話すのは違うと思う。売れるのがすべてじゃないっていうのを知るためには売れないといけない。
●プロとアマの違いはプロは売れないといけない、でも売れることがすべてではない。
●ものづくりにおいて精神の目指すところはアマチュアだ。自分が創りたいって思ったものを創っていいんだと思った。はじめてアマチュアになれた。
●プロジェクトってちょっとの理解と多くの誤解を生む。
●カメラマン植田正治81歳との出会い。80歳を過ぎてなお、少年のように写真に向き合う人。
●植田正治さんのように何でもないものを絵にできるか?自分の目の前にあるこの景色を好奇心にできるか?
●植田正治さんに比べ自分はなんて凡人なんだと思う。自分にがっかりする。何が自分に向いているんだろう?
器用貧乏。
●僕は福山さんにしっとする。若いころ福山さんくらいの情熱とまじめさがあったなら。
●幸福は真しに何かを求めるものだけに与えられる。
●コンサートでは一番遠いお客さんまで届くボールを投げることを意識している。
●照明から美術まで超一流を揃える。


土屋あんな
●22歳1984年生まれ
●20歳で結婚
●まっすぐで素直。人に媚びない。
●土屋にしかできないちょっと危ない役どころが回ってきた。
●基本的じゃないな動きだけど今となってはもう誰も何も言わない。
●一流スタッフに囲まれても自分の意見を主張する。どんどん自分を表現する。
●アンバランスなイメージがある。
●一体人間にとって外見って何なの?

上野樹里
●命がけで向かってくる。人として信用できる。
●分からなかったらできない。ちゃんと感情が分かってからやりたい。


前回の日記で『狂気を持って臨める事業の見つけ方』を書いたが、
『情熱大陸』に出る人はみんな何かしら狂気じみたものを持っているように思う。
いつか『情熱大陸』に出てみたい。というか、出演できるに値するだけの事業や日常生活を見つけ出したい。

2008年7月11日金曜日

狂気を持って臨める事業の見つけ方

大学を卒業して1年と4ヶ月が経つが、なんで働くんだろう?なんで働きたいんだろう?何したいんだろう?と考えているが、その答えが以下の三つのポイントが重なり会うところにあるような気がしている。

●意義を感じる
誰もやったことの無い自分にしか(自分たちにしか)できない新しいことに挑戦している
数百年の伝統的なもので自分にしか(自分たちにしか)守り続けることができないこと
多くの人が求めていて、自分の論理感に反しない
社会がより良き方向に向かうために自分は(自分たちは)何ができるか何をすべきか考え続けている
自分たちで価値を創出している

●自分が変化の激しい社会で生きていき進化するために十分自己投資できるお金が得られる
情報を取得するために最新のパソコンを買ったり、買いたい本や調べたい資料、通いたい講座やセミナーに参加できる
会いたい人と予算を気にせず過ごせる
おいしいご飯や便利な生活で健康に気を使える
他人に与え続けることができる

●仲間がいる
同じ目標を持ちそれに向け切磋琢磨できる
頭が良く自分の知らないことを知っていて刺激を受けられる
こんな人に自分もなってみたいと憧れる
自分の存在が仲間の成長に繋がる

三つのポイントを円にして三つの円が重なるところを追求できている時、楽しくって仕方がない事業があり、それを達成するためにまるで狂気を持っているかのようにひたむきに臨めているんだろう。狂気を持って臨めるというのは、睡眠時間を削ってもボロボロになってでも達成したい、それを成し遂げるために自分を磨こうとする、毎日ご飯がおいしい、というイメージをしている。

自分に厳しく、かつ必要な情報を確実に吸収しつつ狂気になれるところを見つけていきたい。
そして事業を見つける上記の三点にもまだ足りない部分があるかもしれないから更新できるようにしたい。

杭州の魅力

杭州生活は早いもので2ヶ月が経とうとしている。
平日は杭州、週末時間を見つけては上海に帰っている。杭州⇔上海間にできた高速鉄道「和諧号CRH」のおかげでわずか90分で上海に行くことができ、杭州に拠点を移しても上海がとても身近に感じられる。

なんで杭州に拠点を移したのかと、こちらで会う人によく聞かれるが、今のところ以下の3点をその理由にしている。

●杭州は日中間の交流が頻繁に行われていて日本人として働きやすいのでは?という予想。
杭州市の属する浙江省は静岡県と、また杭州市は岐阜市、福井市と友好都市関係にあり盛んな交流が行われている。観光スポットである西湖沿いに「福井杭州友好公園」を作っていたり、三都市の記念品が贈呈してある山荘もある。浙江省や杭州市としてもこれからどんどん海外の企業や人との交流を望んでおり、展示会やマッチングビジネス交流会などがしきりに行われている。

●上海に比べ日本人社会が発達していない。
杭州の日本人の数は3000~6000人であると言われている。日系企業では主に製造業が進出しており、サービス業系の企業はほとんど進出していない。日系のフリーペーパーも上海の3分の1くらいの厚さで、上海に比べ日本人への情報は少ない。その分他の人が知ることができない新しい情報が得られるのではないかと期待している。特に杭州だけでなく、中国でも富裕層が多いことで有名な浙江省(温州市、紹興市、寧波市などが属する)にはこれから注目していきたい。

●環境が良く住みやすい
街の中心エリアに西湖(せいこ)という綺麗な湖があり、近年は車が多くなってきてはいるものの緑が多く心安らぐ場所が多い。少し西部に行くと星が綺麗に見え、何か日本の田舎町を思わせてくれるような風景が広がる。またこれは自分の感覚だが、お米が上海にいたよりおいしいような気がする。レストランで出てくる米はどれも臭みが無く、自然と食欲が高まっている。休みの日ちょっと湖の畔に足を伸ばすと、中国でもトップクラスと言われている西湖の風景を眺められることはとても贅沢なことだと思う。

このきっかけに加え、これから自分のできることを増やして視野を広げて、もっと杭州や浙江省の良いところを見つけていきたい。

2008年7月1日火曜日

死ぬかと思った

愛猫あにゃんとの生活も早いもので2週間が経とうとしている。猫の成長は人間の4倍だそうで、生後推定1.5か月のあにゃんは、人間で言えば0.5歳ということになる。身体もどんどん大きくなって、革靴にすっぽり入りそうな鼠のような体が今では革靴と同じくらいになろうとしていてその成長の早さには目を瞠る。

一日家の中で飼っているが、仕事を終えると外に散歩に連れていってやったり、部屋の中で遊び少しでも体を動かすようにしている。外を離して歩かせても、後ろをトコトコついてくる姿がかわいく、とても癒されている。

離しがいにしてみたり、部屋を自由に歩かせているのは、ストレス無くすくすく育ってほしいという気持ちだが、少し目を離すと車の下に隠れ出てこなくなったり、部屋の外へ出てどこかへ行ってしまいそうになるので極力ストレスを与えないよう、自由を与えている。

しかし今朝自由を与えすぎて、大事件が起きた。朝ベランダで遊ばしていて、4階で危ないかなと思っていたが、まあ猫だし大丈夫だろうと思い目を離して違う部屋で用を済ませていた、そしてベランダに戻ってみるとあにゃんがいなくなっていた。どこを探してもいない。もしかして。と思い4階から1階の庭を覗いてみたが、気配が無い。しかし部屋にもベランダにもおらず
ベランダから落ちたとしか考えられない。3階のベランダにひっかかったのか?地面に落ちて即死してしまったのか?一階に探しにいき、恐る恐る落ちたであろう庭の中を覗いてみると、「にゃー」と小さな声が聞こえあにゃんと目があった。

助かった。部屋に連れて帰り、4階から落ちたことをもう忘れてたかのようにいきなり餌を食べている姿を見て安心し少し眺めていたが、しばらくすると食べながら口のところを気にしだした。良く見てみると口を大きく切っていて、血が出ている。前歯も1本折れているようで、あちゃー。と思いながらそのまま動物病院へ連れていった。

病院に着くと、院長にもしかしたら歯だけじゃなく、内臓にも支障がありその場合は入院しないといけないかもしれない。と言われ、そりゃ4階から落ちたんだからそれくらいは覚悟しないといけないか。と思いつつ、仕事があるので、病院に預け仕事に向かった。仕事が終わって病院に駆けつけてみると、なんとか1日で退院できると言われ安心した。ただ、傷口が完治したら、折れた前歯一本は抜歯しないといけないそうだ。

今は動物病院から借りた鳥籠のような小さな籠でおとなしく寝ている。5日間はこの小さな籠で安静にさせ、口の傷を閉じさせないといけないそうだ。

自由を与えすぎたら逆に自由を奪う形になってしまい保護者として少し反省。
今後はこんな事件が起こらないように人と猫の共存ラインはどこが一番お互いが幸せなのか、探りつつ暮らしていきたい。

とりあえず生きててよかった。